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週刊 SOMEYA BLOG 2020年3月2日号

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USE COMPANY LLCの共同創業者のひとり。毎日、いろいろなWebサイトで記事を書いたり、コード書いたり、法律の勉強をしています。池袋ウエストゲートパーク・すべてがFになる・龍が如く・YMOあたりで構成されました。月に一度、沖縄に引きこもるのが好き。

USE COMPANYのSOMEYA(@someyatama)が書く近況報告。ほぼ引きこもりに近い生活を送りながら,何を見ているのかをお知らせしたいと思います。

今週はずっと曲を作っていました。あっという間に1週間が経ったように感じます。動画に使うBGM,あくまで脇役なのですが,音楽はどうしても細かいところまで手を入れたくなります。そのため,「1曲あたりの締め切りは1日」という納期を自分で決め,その範囲の中で楽しく作っていました。

2月24日(月)

ここ最近,動画に使うための音楽を作っている。僕は音楽を作るときはどうしても夜型の生活になってしまう。20年以上,音楽関連の作業に携わっているけれど,昼間にできた試しがない。

これは音楽だけでなく,小説や絵などもそうではないだろうか。最近だと動画クリエイターも多いので,彼らもまた夜型の生活が多いかもしれない(動画は朝型のイメージがある,なぜだろう)。

さまざまなサンプルを聴きながらああでもないこうでもないと試したり,ジムに行って走りながら参考になりそうな音楽を聴いてアイディアを溜めたりする。

そして,部屋にこもって作業をしていると,あっという間に夜が明ける。朝の6時や7時頃にベッドに入って,昼過ぎに起き,今度は仕事を始める。

毎日仕事をしていると「大変じゃないですか?」と決まり文句のように聞かれるけれど,今のところ嫌いなことはしていないので,ストレスは感じていない。強いて言えば,働いている人から見たら遊んでいるように見えるし,遊んでいる人からみたら働いているように見えるくらいだろうか。

どちらかと言うと,僕は大勢が参加する飲み会に行って,そのグループが面白いとしていることに相槌を打ったり,カッコ良い&かわいいとされている設定を飲み込んだりする方がストレスが溜まる。

みんなが当たり前のように楽しんでいることに入れないというのは,物心ついたときからそうだった。小学校のとき,「ゲームを楽しまないと」と必死になって空回っていたのを覚えている。

大人になってわかるのは,いろいろなタイプの人間がいるということだ。世の中も少しずつではあるけれど,「多様性」に対して寛容になってきた。きっと昭和では生きていられなかったと思う。

2月25日(火)

昼過ぎ,Webマーケティングを手伝っている企業に出社。いつも一緒に仕事を進めている担当者が体調不良のため欠席とのこと。しばしば体調を崩してしまうことがあるので心配だ。

議題のひとつを進めるため,社内でSNSを担当している方と話す。普段からSNSの運用に慣れている人は,SNS特有の文化も理解していて運用がとてもスムーズだ。

強いて欠点をあげれば,あまりにキレイ過ぎてマニュアル化しづらく,属人化しやすいくらいだろうか。担当者がいなくなったとき,初めてありがたさがわかるのだと思う。

いろいろな話を聞けて楽しかった(←仕事をする人の感想ではない)。

2月26日(水)

今年に入り,新しいコンテンツのひとつとして企業に取材を申し込むことが増えた。その場合,一応代理店を挟んで連絡をするようにしている(最初はそうした方が良いとあったからだ)。

しかし,その進捗が悪い。

代理店が間に入ることで,物事が正確に伝わっているのか怪しくなり(齟齬が生まれる),おまけに連絡そのものが届いているのかすら不明になる。担当者に「進捗はどうなっていますか?」と突っ込んで聞くと,「ちょうど返信がありました」ということもある。そんな偶然,誰が信じるのだろう。

どんなに大きな企業に勤めていても,末端で伝言ゲームをしている従業員にとっては,何かあったとしても自分の懐が痛むわけではない。どうしたって自分ごとにしにくい仕組みになっている。さらにそれが複数人を介していたら,その姿勢は倍々ゲームで増幅される。その結果がコレだ。

普段,チャットツールなどを使ってオンラインでやりとりしていると,隣の席に座っている人に話しかけるようなペースで仕事が進む。なぜそれができないのだろうと思う。

ある人に「なぜこうなのだろう?」と聞いたところ,「そういうものです」と返ってきた。

僕はいわゆる会社勤めというものを経験していないため,良くも悪くも「そういうもの」という常識が刷り込まれていない。悪く言えば常識知らずだけれど(それでも相手が不快に感じることはしないように気をつけているつもりだ),良く言えば染まっていないとも考えられる。

そして,自分の感覚で「変だ」と感じるものは変えようと努めてきたし,イヤなものは極力距離をおくようにしている。イヤなことに付き合いながら仕事をしようとは思わない。

僕は「そういうもの」と考えるのは,一種の思考停止だと思っている。「そういうもの」ではなく,「それはおかしいから変えられるようにしよう」というのが僕の考えだ。

結局,最初の方法は捨て(これは大きな失敗だったし,学びを得るきっかけにもなった),基本的に直接企業とやりとりをすることにした。そこで断られたら初めて代理店を挟むようにすればよい。むしろそこで断るくらいなら,そことは関わらない方が良いフィルタにもなる。

自分が正しいか正しくないかはやってみないとわからない(僕は間違いが多い)。それよりも大切なのは,「当たり前」とされていることに疑問を持つことなのかもしれない。

2月27日(木)

ジムの帰り,近所のやきとんのお店に入った。そこは,以前一度入ったことがあるお店で,こじんまりしているけれど,安くておいしいのだ。

店内のテレビでは,「ウイルスの見えない脅威」「マスクの品切れ」「日本を守れ」といったコロナ関連の不安を煽るニュースが流れていた。テレビがこのようなことを報道していては,地方に住んでいる方,年配の方など情報を得にくい方が不安になるのも仕方ないと思った。

一方,少しずつではあるけれどリモートワーク(テレワーク)に対する理解が増えてきたようにも感じる。これまでは現場の人と画面越しの人で温度差があるシーンを何度も見てきた。

今後はオンラインでつながるのが当たり前になり,「現場の人しかできない」「リモートで働いている人は孤立」という感じがなくなっていくのだと思う。

と同時に大多数が流れてくるということは,先頭の人たちはさらに次の時代に進むことを意味する。

常識はどんどん変わっていく。少し前なら「複数の仕事をしている人」というと「何をやっているかわからない人」「仕事をたくさんしないと生きていけない人」という印象が強かったけれど(僕もそう思われていたひとりだ),現在は一般企業でも副業が推奨されるようになった。

ただ,複数の仕事を当たり前のようにしている人に高所得者が多いのに対して,あくまで「副業」という認識の人は平均から乖離していない人が多いように感じる。本業に対しての副業という保険という気持ちでいる以上,その分野で本気で働いている人に敵うはずがない。

時代の荒波を乗り越えるには,他人から色眼鏡で見られるくらいがちょうど良さそうだ。

2月28日(金)

ジムは休み。ということで,久しぶりに長時間ひとつのWebサイトの記事を書いていた。毎日何かしらのWebサイトは触っているけれど,ひとつだけに絞るというのはなかなかない。

僕は盆栽を育てるように(育てたことはない),きれいに形を整えたり,メンテナンスが疎かになってきたところに手を入れる。何かひとつのことをやっているということは珍しい。

ひとつのWebサイトではなく複数のサイトというのがミクロだとしたら,Webサイト運営だけでなく複数のことというのがマクロになる。さらにさらにという感じで分割をするのが性に合っている。

本当はティム・クック氏が発言する「レーザービーム」のように,ひとつのことに集中して成果を上げた方が良いのかもしれないというのは置いておく(言い訳)。

とは言うものの,ティム・クック氏だってひとつのことだけをやっているわけではない。大切なのは,「何をやらないか,何に集中するか」のリソースの配分なのだと思うようにしている。

これに関しては僕も同じだ。やったらそれなりに良いのかもしれないけれど,それをやることで失われるものを考えて手を出さないものは多い。または,「良い」と思って始めてみたけれど(ここはフットワーク軽くいたい),「違う」と思ってすぐに損切りするパターンも多いかもしれない。

サッといろいろ試していくなかで「違う」と思ったら(もしくは数字を見て),やめれば良い。始める前にあーだこーだ言って結局やらず,賢いふりした評論者になるのだけは避けたいと思う。

2月29日(土)

昼,稗田氏から書類の受け渡しをするため,目黒駅に行く。

そのまま歩いてジムに行く。

僕が行っているジムでも「体調不良の人は利用不可」になった。ジムもいつもの土日(ピークタイム)と比べると利用者が少ない。人が集まるところは危険と考える人が多いからだと思う。

僕はこれといった対策をしていないけれど,普段から手洗いやうがいはしている。

小学生のとき,朝礼で校長先生が「手洗いをしましょう」と話していた。

それから何日か経ったある日,たまたま校長先生とトイレでばったり出くわすことがあった。僕の記憶が正しければ,小学生が使うフロアと校長室があるフロアは違うため,きっと放課後か何かで特別な理由があったときに校長室のあるフロアのトイレを使ったのだと思う。

校長先生はトイレで用を足したあと,手を洗わないで出ていった。

子供心に「うわっ」と感じた。

僕は今でも男性特有のがさつさというのがあまり得意ではない。大きな声でくしゃみをする,手を洗わない,飲食店のタオルで顔を拭く,過去の栄光,こういったものを見かけると距離を取ってしまう。

そういう感情は,小学生のときにできあがったのだと思う。

3月1日(日)

人材系サイトで使うYouTube動画の制作が一段落した。また,すぐに次作にとりかかる。

僕はひとつのことが終わったとき,達成感ややりがいを覚えることはあまりなく,呼吸するように次のものにとりかかるようにしている。いちいち止まったり折れたりしている余裕はない。

もちろん改善点は多数出てくるから,それらは次回に改善できれば良いと思っている。

いちばん良くないのは,最初から完璧なものを目指し,失敗する自分を許せず,自分を完璧主義だと思い込み,行動できず,知的な雰囲気だけ残して何も生まないことだ。当然,そういうタイプの人間は失敗しない代わりになにひとつ結果がないので,金銭的にも窮していることが多い。

失敗しないことで,自分に可能性が残されていると思い込むのはある意味かわいそうでもある。

自分で言うのもなんだけれど,僕はあまり人前でたくさん話す方ではないので,たぶん現実よりだいぶ買いかぶられる傾向がある。前述の不思議な雰囲気があるというのが原因だろう。

しかし,現実は全然違っていて,毎日さまざまな失敗を繰り返している。ただ,その失敗をひとつずつ潰していくことで,次回成功する確率は高くなる。そんな人でいたいと思う。

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